とみいよむよむにっき

本のこと、ベランダのこと、おはなし会のこと、日常のあれこれ。

ゴーリキィの思い出

大学のころ、ちょっと変わった友達がいた。
いや、変わったというか…個性的な。
その個性的なところが、何とも魅力的で、羨ましい人だった。
うるさいオートバイに乗っていた。
大学の頃、1キロ先でもヤロウのオートバイのエンジン音がわかる
なんて、冗談だけどそう大げさな冗談でもない噂が流れ、
1年のころは同じ学科の女子に「暴走族」だと噂され、
実は、気のいい自然派のバイク野郎だった。


時々、好きな本の話をしてくれた。
今読んでいる村上春樹雑文集』などは、
そいつも読んだかなぁと思ったりする。
『風の歌に聴け』を教えてくれたのはその友達だった。
そして、もう一つ、印象深かったのが『どん底』マクシム・ゴーリキィ。
貸してくれた本は、古く、ケースに入ったハードカバーだったと記憶している。
こう…ちょっと荒廃した、酒場のイメージが残っているが、
その内容は、あまりよく覚えていない。
ただ、その『どん底』を、どうして貸してくれることになったのか、
それがよく覚えていない。
本の貸し借りをするような男の友達って、いなかったなぁと、
今思い出すと、なんだか不思議だ。


その本には、色鉛筆の赤で、ラインが弾いてあった。
だから、本当にそいつが、好きで読んだ本だったのだろう。
おぼろげな記憶だけれど、彼はうるさいオートバイに乗り、
我が住まいの古アパートに、バイト帰りの10時ごろやってきて、
トラジャの豆を手土産に「とみい、コーヒー飲ませろ」と言った。
その時に、『どん底』を持ってきたように記憶している。
そして、気に入ったセリフを教えてくれたんだった。
酒場で名前だったか、仕事だったかを訊かれた男が、その問いに答えて、
「それをきいて、おまえの何になるんだい?」
(あやふや…こんな意味のことだった)という。その答えのセリフをうれしそうに繰り返し、
コーヒーを飲んで笑ってた。まるで、酒に酔ったか?ってな感じに。


そいつに彼女がいたかどうだか知らないが、
オートバイの後ろに乗っけてもらって、何度かツーリングに
連れてってもらったことがある。
山のヘアピンカーブだったり、海沿いの国道だったり。
懐かしい青春時代だなぁ。
そのまま、そいつのことが好きだなぁとは思っていたが、
それは、全く異性としての好意ではなく、
4年間、くっつきすぎず、ほんとにいい友達だったなぁと思う。


年賀状が毎年来る。元気そうで、嬉しい。幸せそうで、なにより。
そして、そいつからの年賀状を見るたびに、
オートバイのエンジン音、コーヒーの香り、
村上春樹、そしてゴーリキィというロシアの作家のことを思い出す。


あいつの愛しいメアリー・ジェーン(←オートバイにつけられた名前)
どうなったんだっけなぁ…?