とみいよむよむにっき

本のこと、ベランダのこと、おはなし会のこと、日常のあれこれ。

書く話す聴く

数日前、若い(私の歳の半分くらい)の知人に
9月1日付け西日本新聞の記事「提論」
平野啓一郎氏の記事を読んでもらった。

なぜだかわからないけれど、彼女と知り合って半年、
言葉を交わす機会があるなかで、
彼女の真面目さが、大変気持ちがいい。
言葉にして、なかなか表に出さないけれども、
とても、思慮深い人だと感じている。

また、考え方に、自分と似ている部分があることに
ちょくちょくぶち当たる。

自分が好きなものを、誰かに伝えるということは、
相手がそれを受け入れないであろうと予感すると、
はじめっから伝えようとはしない。
わざわざ押し付けることは、無駄な気がするので。

彼女に押し付けがましいと思われているかもしれないが、
あの子は、これを好きになるのではないか?とか、
あの子に、これと出逢って欲しいとか、
どうしてか、強く思ってしまう。

それで、平野氏の「分人」という捉え方は、
彼女には知っていて欲しいと思った。
なぜだかは巧く説明できない。

今、平野啓一郎氏のラジオ出演
NHKラジオ深夜便「明日へのことば」を
ストリーミングで聴いている。
これは、ぜひ、彼女に聴いて欲しいなぁと考える。

で、その「明日へのことば」だが…
平野啓一郎氏の書くものが好きだが、
彼の話しぶりもいいなぁ。
(「やっぱり」という言葉がちょっと多い気がするが、
それは、自分もそうだなぁと思いながら…。)
そして、平野氏が、現代の人々の心の内を、
知ろうと、耳を傾けている考えていることが、
とても伝わり、ああ、そういう態度は必要だなと感じた。
それに、アナウンサーの森田美由紀さんの
話の引き出し方が巧いなぁ、とても心地よいなぁと。

あっという間の42分弱。
それにしても、NHK…聴かせてくれるのは有難いが、
最後の最後にぶつ切りにするのはいかがなものか。
ちょっとそこが残念。
まぁ、最後の挨拶だけではあるんだけれど。

自分がとても大きく感じるところがあったものを
知らせたい、共有したいと感じることは、
つまり、自分を知ってもらいたいということにも
繋がるのだろうと思う。
それは、コミュニケーションをとることに、
消極的である自分にしては、
不思議と前向きに行動にうつせる方法の一つである。
それで、これを
(これというのは…
平野啓一郎という小説家、分人という考え方、
『私とは何か「個人」から「分人」へ』、
『空白を満たしなさい』という本。)
知って欲しい、伝えたいと考えるとき、
ただ、大切な人だというだけでなく、
その中でも、とても真面目に物事を考えてしまう人に
知って欲しいと思う。
今、ふっとそんな人たちの顔を思い浮かべている。

早く、知らせなくちゃ!
10月7日まで聴けるようである。
これは、文字おこししたいくらいである。