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とみいよむよむにっき

本のこと、ベランダのこと、おはなし会のこと、日常のあれこれ。

『蠅の王』読了

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金曜日の朝、読了。

 

作者の凄まじい想像力に、圧倒されてしまった。

無人島の、いろんな場面が詳細に描かれていて、

何人いるんだかわからない少年たちの中の一人に、

いつの間にか入り込んでいるような気がするのは、

二年間の休暇』(福音館書店)とも同じなのだが、

恐怖の度合いが桁外れなのは、この作品が一般向けだからか。

 

二年間の休暇』は少年向けに書かれたとのことだが、

抄訳で読んだ『十五少年漂流記』は確かに、

冒険物として、子どもが楽しめるものだった。

完訳の『二年間の休暇』は、少年冒険物と言われると、

果たしてそうか?と思わないでもないが、

今回読んだ『蠅の王』は、15歳過ぎてくらいが良いように思う。

 

恐怖の度合いもだけれど、恐怖の中身というか、質というか…

随分違うものだと感じた。

 

単純に、助かるか?ここで生き絶えるか?という恐怖ではなく、

『蠅の王』の恐怖は、自分が、あっち側に行かないか…という

つまり、善悪の彼岸とも言うべきか。

人間の理性的部分を捨てずに、行動できるか。

つまり、最後まで人間でいられるか、という恐怖を感じながら、

最後は一気に、息をもつかせずに読ませる内容で、

最後の救助者との対面シーンですら、恐ろしかった。

 

途中で、サイモンやピギーが、殺されてしまう場面で、

この無人島に、もう、まともな人間はいなくなった

という絶望感を味わい、

彼らを救わなかったラーフを責め、

そして、結局は、自分もあっち側に言った方が楽なんだろうけど、

と思う気持ちを、否定するのに必死だったりして。

かなり、辛い気持ちになる本だ。

『決壊』の時に感じた絶望感に似たものも生まれる始末。

 

結局、人間って、根本的なところで、野生の動物と変わらないんだ

ということなんだろうか?

 

救助に現れた軍人っぽい大人に助けられるわけだけれども、

ラーフは、このあと、この島に来る前の日常を取り戻せるのだろうか?

狩猟に心奪われたジャックたちに、以前の生活ができるのだろうか?

そもそも、助けられた彼らは、無事に故郷に帰ることができるのか?

軍隊に助けられ、そのまま彼らのいきつく先は、

無人島での争いを、もっともっと大きくした大戦の戦場ってことに

なりはしないか…彼らに、そもそも、安住の場所は、無かったのではないか?

 

などなど、本当に人間の闇の部分に、引きずり込まれないよう

必死に耐える読書だったような気がする。

そもそも、はじめに狼煙を炊きに行った場所で、

一人小さな子が行方不明になったとき、

だれも探そうともしなかったところで、

私の心には暗雲が立ち込めてしまい、

結末まで、極限状態にある人間に対する嫌悪みたいなものを

ずーっと感じて読まねばならなかった。

あっち側に行くか、こっちに留まるか、

人間は、何を基準にそれを決めるのだろう?

 

善と悪の境界ということで、次の読書は

ニーチェの『善悪の彼岸』(岩波新書)かなぁ。