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とみいよむよむにっき

本のこと、ベランダのこと、おはなし会のこと、日常のあれこれ。

ムッティと呼ばれている

もう、二十歳過ぎているのだが、
第一子は、私のことをムッティと呼ぶ。
初めはママだったが、いつの頃からか…
高校に行き出した頃だったか、ムッティと呼ばれ始めた。

生協の組合員で、たまたまムッティのトマトピューレが
カタログに載っていて、
それがイタリアントマトのピューレだったので、
イタリア語だと思っていたら、ドイツ語だった。
ママとか、母ちゃんっていう意味だそうな。

それまで15年ほど、ずーっとママと呼んでいたのに、
いきなりムッティと言い出し、その後は、
ママともお母さんとも言われることもなく、
いまだにムッティである。
外出先でも、大声でムッティと呼ばれたりするので、
ちょっと恥ずかしいこともあるが、
ママよりは、ニックネームっぽくて、いいか…
と思わないでもない。
また、これが、ドイツ語というところがまたいいなと思う。

しかし、気が付いたら、妹の子どもたちは、
我が子よりも10歳ほど年下だが、
いつの間にかしっかり「お母さん」と呼んでいる。

第一子の「ムッティ」呼びと、第二子の「ばばぁ」呼び。
どちらも、私が返事をするから使うのだろうけど、
しっかり、お母さんと呼びなさいと言うべきだったか。
しかし、彼女・彼らが、私をそう呼び、
S氏が「お母ちゃん」と呼ぶのは、
我が家にピッタリな気がするので、
このままでいいやと思っている。

まあ、呼び方はさておき、
子どもに呼ばれた声は、どうして遠くからでもわかるのだろう?
と、昔からの疑問だ。
逆に、子どもも、本当に赤ちゃんの頃から、
母親の声を聴き分けている。
10か月弱、体内にいたというだけで、
なにかそこには、目に見えないものが繋がっているんだろうか?
成長にしたがって、声も変わってくるというのに、
相変わらず、子どもに呼ばれると
すぐ気が付くのだよなぁ。
時々は、鬱陶しくもあるが、
どういう呼び方であれ、呼ばれることは必要とされていると考えると、
それは大変幸せなことである。