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とみいよむよむにっき

本のこと、ベランダのこと、おはなし会のこと、日常のあれこれ。

受け入れる

受け入れるということは、

己を捨てるとか、自己の意思を失くすということでないと、

良寛さまの、死を受け入れると言われたことにからめて

ふうむ・・・とTVを聴いていたのだが、

昨日もまた、同じようなことを聴いた。

これは、先日放送のあった、SWITCH達人達

104歳の医師・日野原氏と、

103歳の美術家・篠田桃紅氏の

超人のようなお二方の話の中で、

生老病死 どれも苦しいという話。

それを受け入れるということ。

 

どちらかというと、私は篠田氏の生き方が

大変人間っぽい生き方のようであると感じたのと、

彼女の物言いが、きもちよくって、

お二人のように長くいきるつもりはさらさらないが、

年とっても、自分を飾ることなく、また、謙遜するでもなく、

はっきりと自分はこうだ(こうだった)と言える人間でありたいと思う。

それが、間違っていたり、人から非難されることであっても。

篠田氏は、人からどう思われても構わないというよりは、

他人?そんなの関係ない、私は私、その日その日をやってきた

というふうなのが、ま~かっこいい。

「わがままですよ」と、はっきりと。

そして、「孤」「独り」についても語られたのが嬉しかった。

 

昨日読んだ、『さよなら、クリストファー・ロビン』の中で、

人は、物語の中で生きるということがテーマで、

しかしその物語は、他の誰でもなく、自分が作るのであって、

誰かが作った物語の中で生きているのではないと

そういう風に私は読みとった。

 

神様か仏様かなんだかわからないけれども、

ストーリーが決まっていたとしても、

何かしら毎日、自分で選択することばかりあって、

その選択は、結局自分で決めなければならない。

昔読んだ『ONE』(当時はハードカバーで表紙も違うが)

http://ecx.images-amazon.com/images/I/51A7GC8KQ7L._SX327_BO1,204,203,200_.jpg

 も、選択肢が無数にあって、

そこで、その数だけ人生がある

別の道を選んでいたら、私はあなたであったかもしれない

という、パラレルワールドを旅するという小説だった。

選ぶ(行動する)のは、自分であり、

人生って、何事かあっても、受け入れて、自分が行動するものなのだろう。

 

『さよなら、クリストファー・ロビン』の中で、

途中で物語を作ることを諦めていく仲間とは違い、

独りになっても物語を作り続けるプーだが、

最後はもう老いさらばえて、物語を書けそうにないと

弱音を吐くプーだが、それでも、

最後に頑張って物語を書くよと宣言。

老いた自分を受け入れつつ、最後まで自分を生きようとしている

そんな姿が私の中に広がって、

「お疲れ様でした」と、肩を抱きたい気持ちになった。

 

だれもが、自分の物語を作り続けているということ。

ハッピーエンドになるかどうかは、最後までわからない。

紆余曲折あっても、最後はどうなるかわからない。

何事かあっても、抗わずにそれを受け入れて、

なんとか過ごしていく。自然体で…自由。

受け入れるということは、

自分に正直になるということかもしれないな。

 

それにしても、篠田氏の人からどう思われているかなんてことを

考えずに生きている様が、本当に自然だなぁと思うのであった。

 

このインタビューでは、本当にいろんなことを考えたが、

まだ、自分の中で咀嚼中。