読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

とみいよむよむにっき

本のこと、ベランダのこと、おはなし会のこと、日常のあれこれ。

私の『十五少年漂流記』

読書の記録

以前、自分が子ども時代に持っていた本の表紙を

いっぱい張り付けたことがあったっけ。

ポプラ社の世界名作童話全集の中から、

選んで買った本。

私が持っていた『十五少年漂流記』はその中の一冊だった。

https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/61pBaRSI7jL._SL500_SX344_BO1,204,203,200_.jpg

 

これである。

県立図書館にあることは、蔵書検索で確認しているが、

まだ、借りて読むということはできていない。

 

当時、2年か3年生だったと思う。

それくらいの年齢の子が読めるように抄訳されていたシリーズで、

一気に読み上げてしまった。

展開が早いし、なにより、この少年たちが助かるのか!

という気持ちと、一緒に冒険している気になって、

とにかく、一気に読み進めていったことは覚えている。

ブリアンとドノバンの関係にやきもきしながら。

ドノバンが命拾いして、ブリアンへの気持ちが

ほぐれたことにほっとして。

彼らの仲間になってしまって、冒険をともにした気になった。

 

この本が、ダイジェスト版であることに、

気が付かなかったのもアホね、と思うけれども、

タイトルだけ見たら、『十五少年漂流記』、読んだもんね~。

と、スルーするのも仕方がないではないか。

そういうところは、できれば、学校司書の先生などが、

助言をするなりしてもよかろうと思う。

「この話は、本当はもっと長い話で、図書館にもあるよ」とか

「『二年間の休暇』も、同じ話だよ、6年生になったら読んでみて」とか。

とにかく、40過ぎるまで出会えなかった完訳本に

ショックだったことは否めない。

大人になって、子どもの本を扱う店で働いていたとき、

『十五少年漂流記』と、『二年間の休暇』は同じものだと知り、

えっ?!こんなに長い話だったっけ?と思った。

そう、ダイジェスト版では、この少年たちが2年間も

無人島での冒険をしていたことは、たいして心に残らなかったのだ。

 

当時、3年生くらいだった息子に、『二年間の休暇』を買って、

夜、寝る前に読んでやったが、下巻の途中で

「別のがいい」と言われ、自分だけが読む羽目になったっけ。

 

今、新潮社の『十五少年漂流記』を読みながら、

児童向けではなく、完全に一般向けだなぁと思う。

それだけ、読者の幅が広い物語であるということもできるか。

福音館書店の『二年間の休暇』には、

ヨットの部分部分の名称が、イラストとともに示されていて、

大人にも、これがあればいいのになぁと思わないでもない。

しかし、椎名誠氏と、娘さんの『十五少年漂流記』愛が伝わってくる

素敵な翻訳本だと思う。

この愛をもって、小学校高学年くらいで読めるような

言葉を使ってもらえたら、ドンピシャなお年頃の子も

出会う機会が増えるのでは、と思うが。

 

二年間の休暇』というのが、原書の直訳タイトルであることすら

知らずにいたので、これと『十五少年漂流記』とが

結びつかなかった。『十五少年漂流記』というタイトルは、

大変うまいと思うし、何より、自分が初めに出会った

大好きな冒険物のタイトルである。

本のタイトルは、やっぱり重要だ。

 

少年ばかりで無人島に漂着というなかなか想像のつかない状況に、

読者を引き込んでしまうこの話もすごいし、

これが、1888年初出という、100年以上も昔の

作品であることも、ジュール・ヴェルヌが素晴らしい

作家であることを思い知らされる。

抄訳とは違い、じっくりとした展開にハラハラさせられ、ドキドキし、

この十五人の少年たちの仲間に、いつの間にか入っている

大人になっても、そんな読書ができる、この本の。力の凄さ。

 

いろいろと読み比べてみたいと思うが、

二年間の休暇』(福音館文庫)と比べるのでも、時間がかかる。

だけど、楽しい読書ができている。

私が知っているのは、ドノバンでドニファンではないし、

じっくり二年間のはずが、あ!という間に展開していくけれども、

小学生の時に、この本に出逢っていれば

また違った『十五少年漂流記』に対する感想を持てたかも。

生活も違っただろうし、人と一緒に成し遂げることも、

受け入れることができる人間になっていたかもしれないなぁ。

 

思い入れは強いポプラ社の『十五少年漂流記』だが、

ダイジェスト版に出会ったばっかりに・・・

と思うこともあって、残念なのである。

だけど、この時期にまた読んでみようと思う気持ちにさせるのは、

10歳ごろ読んだこの本の面白さを知っているからなのだろう。