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とみいよむよむにっき

本のこと、ベランダのこと、おはなし会のこと、日常のあれこれ。

欲はなく

宮澤賢治の「雨ニモ負ケズ」も、

どこかTAOに通じているなぁと、ふと思った。

 

慾ハナク 決シテ瞋ラズ

イツモシヅカニワラッテヰル

 

とても難しいけれど、

サウイウモノニ ワタシハナリタイ

と、賢治せんせいがおっしゃっているように、

生き方の理想であるのだろう。

理想は大切だ。

 

 

今日は、仕事がお休みで、内職の量は通常通り。

受け取りに行ってからすぐに始めたが、

夕飯の支度をするまで、結構時間がかかった。

これが、仕事に行った後だと、午前様になることも

しばしばなのだが、

睡眠欲というよりも、自分がやりたいことがあったりすると、

もったいなくって、眠っていられるか、

という気持ちになることがある。

しょうもないことだが、本を読みたいとか、

録画しているTV番組を見たいとか、

考え事をしたいとか・・・。

台所の片づけとか、洗濯物をたたむとか、

そういう実際にやらなきゃいけないことではなくて、

ホント、しょうもない、いつでもいいじゃんと

思わないでもないことなのだが、

自分にとって、その、やりたいことは、重要なことである。

ずっと、そうやって、睡眠時間を削ってやってきたことが、

内職によって、後回しになっていることは、

かなりのダメージで、更に睡眠時間を削ってでも、

やりたいことであり、やらねばならないと思うことだ。

 

内職は、それはそれで、やりたいことの一つだし、

これは、後回しにできないことなので、

平日は毎日続くだろう。

少しだけ内職をやっている最中も、余裕ができて、

いろいろと考えを巡らせながらやっているが、

本当は、それはやってはいけないことだなぁと思う。

なにか手仕事をすること自体、祈りであると考え、

そのことに集中すべきだなぁとも思うのだが、

そこは、慾が出てしまう。

~しながら、っていうのは、いいんだか、悪いんだか…。

 

とにかく今は、睡眠欲や食欲よりも勝るものがあって、

そっちに気持ちが向けることが、

自分らしく生きることのように思う。

うん、そういう時期があったっていいと思うし、

そういう時期があるのは、自然なような気がするな。

読んだ本や、聴いた言葉や、美しい映像や、

そういうものが、睡眠や食よりも生きる糧になることもあるもんだ。

 

しっかり食べて、しっかり眠って、

という知人の言葉に、「はい」と言えなかった

自分の中の気持ちを掘って探ってみた結果、

そういうことに行きついた。

元気に過ごせるくらいの睡眠と、食事はとれている。

寝すぎ食べ過ぎだったから、

普通に生活をしてみたら体重が減ったってこと。

いらないものまで取り込んでいたんでしょう。

娘の母子手帳を見て見たら、

初回の検診時の体重が、45.4キロだった。

そこまで戻るつもりはないが、

10キロ痩せても、なお、あの頃のベスト体重より、

まだ数キロも多いではないか。

もっと、スムーズに動けるようになるに、

身体から不要なものは捨て去りたい。

そうしたら、もっといろんなことがスムーズにクリアに

考えられて、行動に移せると思うんだけど。

これも、慾かしらねぇ・・・。