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とみいよむよむにっき

本のこと、ベランダのこと、おはなし会のこと、日常のあれこれ。

今、4分の1

昨日、今日と、読書の時間が取れて嬉しい。

『葬送』も順調に読み進めることが出来ている。

ゆっくりゆっくり読んでいる。

ショパンドラクロワの時代は、

今よりきっと、ゆっくりと時間が過ぎていたのではなかろうか。

 

彼らの時代は、手紙のやり取りが、伝達の主な手段で、

よく、手紙を書くという記述がある。

実際は時間は同じだけあるはずなのだけれど、

一体、何に使っているのか、

私の時間はあっという間に過去になる(笑)。

 

ドラクロワの偏屈さとか、頑固さとか、

頭の中であれこれ考えてはいるけど、

全部を表に出さないとか、あとで言ったことを

思い出してはあれこれ悩むとか…

他人事とは思えない。

あんたは私か?!ってところがあって、

絵心は全くないので、絵画の話は出来そうもないが、

一度ゆっくり議論したい…なんて思う。

今はショパンよりも、ドラクロワ寄りで『葬送』を楽しんでいる。

 

この本を読むのに、いつものベッドで寝そべってスタイルではなく、

辞書を引き引き、インターネットで絵や音楽を調べながら、

という真面目な読書スタイルをとっている。

初めの50ページくらいは寝っ転がって読んでいたのだが、

ゆっくり、じっくり読もう!と決めたから。

いや、実は、平野氏の使う言葉が、私にはちょっと難しめだから。

国語辞典を引きながら読んでいると、

なぜこの言葉を使ったんだろう?どうしてこの漢字を使ったんだろう?

って不思議に思う言葉が結構出てくる。

例えば、体調が回復(快復)するという場合、「恢復」という漢字が

使われているのは、おそらく何か意図があっての事かなと。

そういう、日常で使われない方の漢字を使われているとか、

同じ意味なら、もう少し一般的な言葉があるのでは、と

思われる言葉がよく出てくる。

そういうのも、辞書を引きながらだから引っ掛ることかもしれない。

その時代とか、空気とか、そういうものを

表現するのに、この言葉でなければならない何かが

あるんだろうなぁと思いながら読んでいる。

いちいち読み方なんかも調べる。

読めない漢字というのは、漢和辞典で総画で調べるという方法が

あるのだろうが、見当がつくものは国語辞典で、

なんだかよくわからない漢字は、PCのIMEパッドを利用している。

手書きで書いて、予測文字が出てくるアレ。

あれは、なかなか使える。

あと、字が小さくて、画数の多いものがどういう字なのか

わからないときに、メモパッドで、フォントサイズを

48とかにして入力すると、はっきりわかるので、

もやもやから抜け出せる。

 

また、とても面白い文章に出会ったら、細い付箋を張り付けている。

あとからもう一度読み返すときに便利だ。

ドラクロワの心の中の呟きなどは、本当に面白い。

これは、平野氏が思っていることなのかなぁとか

そういう風に感じるところもある。

 

そういうことをやっているので、この本は、

通勤の伴には到底できない。

第一、もう、本当にしっかりしたハードカバーで、

最近の平野氏の単行本はどちらかというと

ソフトカバーが多いので、時代と、作品の重みを感じつつ

じっくりと楽しんでいこう。

気が付いたら、4分の1を読んでしまったことになる。

登場人物の名前がなじみのない、カタカナの名前で、

しかも、めっちゃたくさんの人が出てきて、

整理しながら読むには時間がすごくかかるだろうと思っていたし、

初めの頃はそうだったのだけれども、

どうも、ドラクロワの為人が、気に入ってしまい、

身近に感じてしまったおかげで、楽しい読書になっている。

メモした言葉、漢字が、物凄い数になりそうで、

ボキャブラリーの貧困さを解消できるか?!と、

ちょっと、期待しつつ。