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とみいよむよむにっき

本のこと、ベランダのこと、おはなし会のこと、日常のあれこれ。

つぶやきは難しい

去年、8月、平野啓一郎氏やふなっしーさんの

ツイッターのつぶやきを追うために

アカウントを登録した。

最初は、つぶやくことよりも、本当に、

数名の方のつぶやきを追うためだけの

アカウントだったのだけれど、

時々、いいねをつけたり、本のことなんかをつぶやきだし、

最近は、リプなんてのもやってみたりして。

 

スマホを使ってのツイートではないので、

つぶやきとは言えないくらい、タイムラグなんかがある。

また140という文字制限に、

文字制限なしのブログを10数年やってきた私は、

なかなかうまくつぶやけないが、

言いたいことをぎゅっとまとめるという、

ブログとは違った文章の書き方に、

悩みつつも、ときどき、つぶやく。

あと、スマホではないので、写真をあげることは極力しない。

 

ツイッターは、その写真も、すごく重要な情報だと思うけれど、

私の場合は、言葉を探ることが多いような気がする。

自分が写真を撮るのが、苦手ということもある。

写真で、パッと見、お!と目に留まるものは、

確かにあるし、例えば、本などは、その表紙デザインとか、

どこどこ出版の文庫であるとか、そういうのが、

一目瞭然だから、本の表紙は私もブログで使うけれど。

文字数が限られているから、写真を載せるのも、

わかるような気もする。

でも、私は、どちらかと言えば、文字を追っている。

 

小説家さんのような、文章を書く人たちのつぶやきは、

なぜか、つぶやきが長めである。

言いたいことがいっぱいあるからだろうなぁと、

勝手に思っている。

それでも、140文字の制限があるので、

きっと、削りに削ったり、ツイートをいくつも続ける

ってやり方になるんだろうなぁと思う。

 

逆に、スマホだと、写真を撮って、UPするのが手軽だし、

伝わりやすいと思って、写真のみっていうつぶやきもある。

見たこともないようなものは、実際写真があったほうが

伝わりやすい。

でも、その写真情報は要らないや、って思うつぶやきも多々ある。

 

外に出したい気持ちとか、誰かに知って欲しいとかいう気持ちが

あるから、ブログとかツイッターとかやってるんだろうなぁ

と思うのだけれども、時々、私、何やってんだろう…

って思うこともある。

誰に、何を伝えたくて、こんなこと、書いてんだろう…とか。

 

でも、実際に人と面と向かって話すときと、

こういう電波を使った一方向的なやりかたの、

自分の感じ方とかの違いがわかって、結構面白い。

全く知らない人と、共通の考え方をしているなんてことに気づいたとき、

あ、同じようなこと思っている人がいるんだって、

ちょっとうれしくなったり。

独り、閉じこもった生活をしている人でも、こういうところから、

外に出ていけるって可能性なんかも感じたり。

 

SNSでの出会いというのは、人生をかえるくらい

大きなものもあるよなぁというのは、アラフィフのおばばでも

実感するところである。

ようは、その出会いが、自分に与える影響について、

自覚し、考えているかということは大切で、

様々な事件の報道を見て、ときには、

悲劇的な結末になることも私たちは知っている。

悲劇的とは言わないまでも、傷つくこともあるだろうし。

でも、SNSでの知らない人の一言で、救われることだってある。

 

良い面も悪い面もあるが、

自分なりに考えて使うことができたら、

本当に、素晴らしいツールなんだよなぁ。

でも、やっぱり、つぶやきで、何かを伝えることは難しい。

私のブログとツイートだと、

同じ人間って、もしかしたら思われないかもしれない。

いつの頃からか、読書の詳しい感想などは、

つぶやきでは無理と思って、ツイッターのアカウントから、

このブログへリンクをはったが、

ここから、ツイッターへリンクしていないのは、

自分でもなんだかわからない理由があるように思う。

だけれど、別にブログの私とツイッターの私を

別人格を装ってやっているわけではないので、

いちおう、ここからも飛べるように

リンク張ろうかなぁと思っている。

とりあえず、ここから↓どうぞ。

140字に苦しむとみいの拙いつぶやきに興味がある人は、

とんでみてください。