とみいよむよむにっき

本のこと、ベランダのこと、おはなし会のこと、日常のあれこれ。

うまく入っていける

又吉氏のエッセイを読み終わり、次は
クラーケンの島』を読みつつ、
山本ふみこさんのエッセイも読んじゃおうと思って、
186頁おわりにを開く。
お!「ひねくれものの独り言」いいねぇ。


いつの頃からか…あとがきというものや、訳者のことばや、
解説などを、先にちらっと見る癖がついた。
一番最初にみるのは奥付だが。
このあたりの情報というのは、その本を楽しむために
とても重要な要点が書いてあることがある。
ネタバレとかではなく…なんというか、
作者の人となりであったり、作品の書かれた背景だったり、
それを知らずに読んだって、全く困りはしないのだけれど、
どうも先に読むと、おっ!早く読みたい!という気分に
してくれる文章に出会ったりするので、侮れない。


実際は、頁どおりに読むことが正しいのだろうが、
本というのはどこを開いても、
どこから読んでもいいようになっているので、
ついつい後ろを覗いてしまうのだ。
もちろん、あとから読んで、そうだったのかぁとか
思うのもよしと思うけれども、
あとがきはちょっとした作者の自己紹介みたいなものだと
思うので、そこで、作者にちょっと親しみを感じると、
本文にもググッと入っていけるってもんだ。


奥付も見ずに、いきなり本文を読んで、
一体いつの時代よ…なことに出合ってしまい、
なんじゃこりゃな気分で奥付を見ると、
私と同じ年だったり、もっとお年を召していたり。
そういうことを知っておくと、
こっちもそのつもりで読むので、読む前の準備運動的なもので、
最近は、奥付を先にみて、必要な情報を取り入れる。


山本ふみこさんのおわりにの文より
わたしは「孤独」を、たいそう愛しております。
子どものころからずっと愛して、大事にしてきました。
親しい友だちのように。

この分から始まる数行の文章に、『わたしとなかよし』という
絵本を思い出したりして、また、そういう自分も
愛していらっしゃる方だと思い、
なんか書いてあることが好きなのは、
感覚が近いのかもしれないなぁと思う。