とみいよむよむにっき

本のこと、ベランダのこと、おはなし会のこと、日常のあれこれ。

いつもよりじっくりと

8月30日から9月1日にかけて読んだ本。
本当は、読書の記録カデゴリの記念すべき一冊目!
にしたかったのだけれども、書きたいことがありすぎて、
時間があるときにゆっくりと思ったので、
10日たった今日となった次第である。

七つのわかれ道の秘密(上) (岩波少年文庫) 七つのわかれ道の秘密(下) (岩波少年文庫)

実は、この二冊を、いつもよりじっくりじっくり読もうと
決めていたのである。
上巻は、その通りに読んだのだけれど、
もう、下巻はじっくり読みたいのに、そうできなかった。
だって、どうなるのか早く知りたかったんだもの。

巧いねぇ…と思ってしまった。
海外の物語、登場人物の多さ、名前の馴染みのなさで、
これは無理か…と、いつもなら思うところだけれど、
やっぱり巧い。ほんとに引き込む力が凄い!
冒険ミステリーと言っていいのかどうかはわからないが、
オランダのわらべうた♪七つのわかれ道♪にそって、
構成されているおはなしの進み方は、わらべ歌を知らなくても
何ら問題なく、しかし、うまい具合にこの歌を使っている。
特に大団円までの持って行き方、
謎が最後に解明されたシーンは、感動である。

また、人物像に関しても、特徴があって描きやすい。
カタカナの名前が苦手な私でも、だ。

まず、主人公のフランス・ファン・デル・ステフ先生が、
先生にしては、まだちょっと先生っぽくないし、
人生のお手本にはならない未熟さで、だけど、
人間っぽいし、普通にいそうな青年。
あと、フランス先生にも、ロベルトにも、伯爵にも、
二面性を持たせているところが、興味深かった。
これは、子ども達も、読んでいて気になるところ
ではないかと思う。思春期の子は特に。

初めのうちに提示された予言が、完璧でないことや、
その予言どおりに物語が進行していくよう、
フランス先生が動いて行くのだが、
それが巧くいかなくてヤキモキしたり、
予言を逆に利用するハイロイシ伯爵のずるがしこさに、
歯ぎしりしたり、
最後の宝に行きつくまでの盛り上がりについ
足を踏み鳴らしたくなったり…と、下巻はとくに、
ぐいぐい持って行かれてしまって。
というわけで、じっくりって感じではなかった。

フランス先生が謎に巻き込まれて、
その謎が少しずつ明かされていき、
その先に予言があって、その予言に沿って
フランス先生とヘールト‐ヤンの宝探しが進むという流れは、
順調な用で順調でなく、
その、逸れ具合がちょうどいい感じ。
おはなしの先を知りたい読者の気持ちを上手く掴んでいるなぁと感じる。
直球過ぎず、かといって掴めないほどの変化球でもなく。

これまで読んできたトンケ・ドラフトさんの作品を
全て日本語訳している西村由美さんの訳も、
作品たちを楽しめる一つの大事なファクターだと思う。

『王への手紙』『白い縦の少年騎士』と、
『ふたごの兄弟の物語』は、作風が違っていたが、
この『七つのわかれ道の秘密』は、
更に違った雰囲気を持つ物語で、
幅の広い作風と、また、読者を虜にする力強さと、
作品に深みを持たせることのできる、
素晴らしい才能を持った作家であるなぁと思う。
また、これらの作品につけられた、自画の挿絵も、
それぞれの作品にピッタリの絵だ。
SF作品もあるらしいが、岩波少年文庫から出版されるか?

惜しむらくは…これらの作品が、オランダでは、
私が生まれる前に全て出版されていること。
日本語に訳されるまでに、なぜこのように
時間が経ってしまったのか…。
40年、50年も前の作品に、こうも引き込まれるとは。
子どもの時に読めていたらなぁと思う。

『七つのわかれ道の秘密』を読んで、
物語の面白さや、作家の力を感じるとともに、
『王への手紙』という物語のものすごさを改めて感じた。
『七つのわかれ道の秘密』とても面白かったのだけれども、
『王への手紙』ほどの感情移入は出来なかったし、
読後感が、少し違っていた。
『王への手紙』とは、ちょっと違う。
私は『王への手紙』の方に傾倒するが、
『王への手紙』を楽しめなかった人には、
『七つのわかれ道の秘密』は楽しめるのではないかと思う。
エイキンのダイドーの冒険シリーズが好きな人は、好きなんじゃないかなと思う。

誰もが好きになる物語というのは存在しないと思うが、
子どもたちは、トンケ・ドラフトさんの作品のどれかには、
ヒットするんじゃないか…そんな気がする。
なので、西村由美さんには、次の作品の訳をぜひ!と願う。

『七つのわかれ道の秘密』は、下の子が学校に持って行った。
私は今、ニルスを読んでいるが、早くニルスを読み終えて、
『王への手紙』をもう一度じっくり読みたい!と思っている。
いや、ニルスにも、ずっぷりはまり込んでいるんだが。